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長澤まさみのような美人すぎる美人が美人と固まらないだけで絶大な社会貢献になる。

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こんにちは、みやもです。

 

ぼくは30年の人生の中で、美人の女性たちとそれなりに交友してきました。

香里奈風のモデル系美人からナチュラルな清純派美人まで。

 

美人は美人同士で固まる

その中で感じたのは「美人同士ってマジで一緒に固まるんだな。」ということです。

  

「美人の友人は美人、ブサイクの友人はブサイク。」

かなり痛烈なキャッチコピーですが、「類は友を呼ぶ」と古来から賢人が口を酸っぱくして言ってたように、これはかなり間違いのない事実であると自分の経験を通してもおもいます。

美人は自分が美人であることを自覚してますから、自分の顔面偏差値に合った人と無意識に付き合おうとするんですよね。

 

まさにこの写真のように。

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うーん。もう選ばれし美人しか輪に入れてもらえない雰囲気が満載ですよね。

近寄り難いことこの上なし。そして、全員が同じ顔に見えるくらい似てる。

 

この写真は極端な例ではありますが、世の中の美人は大体こんな感じです。

自分の似た容姿の美人と付き合い、カワイくない人たちを受け入れることを敬遠します。

たまにカワイくない人も混ざってますけど、それは突出してキャラクターが濃くて美人に気に入られたパターンですね。カワイクないけどギャグセンスが抜きに出てて面白いとかそんな感じです。

 

しかし、美人同士が固まる現象は仕方ないことだとも思うんですよね。

美人同士で固まった方が目立って優越感に浸れますし、周りにもチヤホヤされやすくて承認欲求が満たしやすいので。

しかし、その代償として「周囲に劣等感を生んでしまう」のもまた事実です。

「あんな美人たちの輪に入れてもらえることはワタシには一生縁が無いんだろうな」というスクールカーストの延長みたいな格差が社会には蔓延してます。

 

長澤まさみさんは容姿関係なく様々な人と付き合う絶世の美人 

世の中の多くの美人は美人以外に排他的な傾向です。

ですが、そうじゃない絶世の美人も存在するのです。

その1人に挙げられるのが、間違いなく長澤まさみさんだとおもいます。

長澤さんはみなさんご存知の通り、日本を代表する女優であり、その美しい容姿から男女共に絶大な人気を誇ります。インスタグラムのフォロワーは200万人を超えてますね。

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出典:長澤まさみ公式インスタグラムのスクリーンショット

 

 ぼくは「好きな芸能人は?」と聞かれれば、ここ10年くらい「長澤さん!」と即答して来たくらい長澤さん好きなんですけど。

長澤さんの大きな魅力の一つが、美人同士で固まらない交友関係にあります。

 

この写真は長澤さんのインスタグラムのモノです。 

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写真下に中国語で「私の友人」と書いてるんですけど、お世辞にも長澤さんの友人のみなさん美人とは言えなくないですか。

容姿的に言うと、みなさん身近にいそうな感じですよね。

しかし、そういった容姿とは関係なく、長澤さんは「友達だ」と自身のSNSに堂々と公開してるんですよ。

 

ぼくはこれがすごく素敵だとおもったんです。

長澤さんの友人の目線からすると、「わたしがアノ長澤まさみに認めてもらえた」というめちゃくちゃ大きな肯定感をもたらしてるとおもうんですよね。

みなさん、想像してみてください。自分が長澤まさみに友達認定された姿を。

自信が満ち溢れてくるヤバイ事件でしょ。

 

また、長澤さんは女性だけでなく、男性も普通の人と付き合ってます。

長澤さんにこんな風に撫でられたらすごく嬉しいですよね。

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長澤さんと時間を共にするだけで、その空間がパッと華やかになり、特別なモノになります。

 

しかし、これは彼女のような超美人の「芸能人」だからというわけではありません。

ぼくは人生の半分くらい友達もいなくて、劣等感の塊のような人間なんです。

こんなぼくに美人の女性が友人になってくれた時はすごく嬉しかったんですよね。

そして、その人に受け入れてもらえたことがとても価値に感じたんです。

 

美人は存在が社会貢献になっている

美人はアイドルになりやすいです。

そして、アイドルには「あこがれの的」という言葉の意味も含まれてます。

ですから、美人に認められたというだけで「あこがれの人に認められた感覚」になって、人は幸せな気持ちになれるんです。

それくらい美人は特別な存在であり、周りを元気にする力を持っています。

 

よって、美人が美人と固まらずに分け隔てなく様々な人と付き合うだけで多くの人を喜ばせ、社会貢献になるんですよね。

 

しかし、これは言葉で言うのは簡単ですが、なかなか実践できることじゃありません。

だって、美人同士で固まった方がメリットって本当に大きいですし、美人というだけでたくさんの人に注目されやすいので人間関係が疲れるんですよ。

なので、長澤さんのように美人同士で固まらずに色んな人と付き合う美人って本当に器が大きい人だなとおもいます。

 ぼくは実際に美人すぎるにも関わらず、どんな人とも接する女性と何人か友人になってきたんですけど、やっぱりみなさん人間的にも優れてますね。

 

美人は人と接するだけで社会貢献しています。

そして、彼女たちは無意識的にそれを自覚しています。

格差が広がり続ける日本ですが、世の中の美人がもし美人同士で固まらずにたくさんの人と分け隔てなく付き合ったとしたら、経済格差は難しいかもしれないけれど幸福格差は緩和されるんじゃないかとぼくはかなり本気でおもってます。

それだけ美人の効果というのは計り知れません。

みなさんもそう思いませんか?

 

ローマの休日の主演女優であったオードリーヘップバーンは、ユニセフの活動に尽力していたことは余りに有名な話ですが、彼女の存在にどれだけの人々が勇気付けられたか計り知れません。

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ちなみに、美人同士で固まらない美人の大きな共通点として、みなさんロックが好きなんですよね。

長澤まさみさんの場合は忌野清志郎さんの大ファンなんですよ。オードリーもロックな精神を持っていたことは被写体越しでも伝わりますしね。

もしかすると、彼女たちの中には美人という枠に縛られたくない反骨精神が宿ってるのかもしれませんね。

 

長澤さんのような美人が社会にもっと増加するといいなとぼくはおもってます。

美人な友人がいるのは生きる希望になりますから。

 

以上、「美人すぎる美人が美人と固まらないだけで社会貢献になる」について述べました。

 

わっしょい!