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私がキラキラ系美人をどうしても苦手だと感じる3つの理由

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こんにちは、宮森です。

 

いつの世の中でも「美人は正義!」と言われます。

それに反論はしません。私も美人が大好きな完全なる面食いだからです。

 

しかし、苦手な人種がいます。

それは俗に「キラキラ系」と言われる美人たちです。

最近、自分の新境地を作ろうとインスタグラムでキラキラ系美人のアカウントを10つほどフォローしてみました。どの人も絶世の美人です。

 

しかし、彼女たちから投稿される写真たちがあまりにも眩しくて、わずか3日で挫折してしまいました。

もうキラキラの破壊力がハンパなく、どうしても見るに耐えなかったんです。

 

以前にキラキラ系美人と何度か飲んだことがあります。

その時にも「この人たちは苦手な人種だ」と真っ先に感じたんですが、数年経った今でもそれは変わらないことが判明しました。

 

そこで冷静になって自分がどうしてキラキラ系美人のことが苦手なのか?

その気持ちを整理して考えてみました。

 

というわけで、今日は私がキラキラ系美人が苦手な3つの理由を書きたいとおもいます。

 

完璧すぎて、隙が無い

これはインスタグラムでもハッキリと分かりますが、彼女たちは完璧すぎるんです。

服装はビィトンやシャネルをはじめとした一流モードブランドで身を包み、常に流行の先端を気にしています。食事も高級か相当オシャレなお店しか利用しない。

写真を撮る角度も完璧。

 

もう「わたし、こんなにも幸せなの!」っと言いた気なのが写真越しでもバジバシ伝わって意識が朦朧としました。

 

「贅沢は敵!」と言いたいのではありません。

ただ、彼女たちはファッションも最先端にばかりこだわるので年季の入った古着の味とか、三つ星レストランではなく見た目は小汚いけど一品料理がちょー美味しい個人店居酒屋とか、そういった「隙のあるモノの魅力」を分かち合えないだろうなと感じたのです。

 

「写真はその人の人間性を表す鏡」でもあります。

それくらいに彼女たちの写真は1つ1つが完璧で隙が無く、他の価値観を寄せ付けない雰囲気がありました。

私はそれを感じ取って苦手だとおもっちゃうんです。

 

っで、実際に接したことのあるキラキラ系美人もぼくの感じことから外れず、ブランド主義がすごく強くて隙が無かったです。

 

美人としか固まらない

これもインスタで顕著ですが、彼女たちは美人としか固まりません。

というか、自分と同じ価値観の人間とばかりといつも時間を共にします。

 

ですから、集合写真を撮った写真を見ると「全員一緒」に見えるんです。

みんな同じような髪型、服装、雰囲気。

「美しくなろうと顔や服装を磨くと、人ってこんなにも似てくるんだ」というくらい個性が見当たりません。

 

実際に、学校でもそういう人たちいましたよね。

女性スクールカーストの上位の人たちってたいてい美人で、似た美人同士でしか固まらなかったじゃないですか。

あの学校での出来事が大人でも変わらず起こってる感じです。

 

私はそれがとても危険におもえました。

同じような価値観の人間でしか集まらなくなると「思考の幅が狭まる」からです。

そうなると、自分の価値観と合う人間以外を許せなくなります。

例えば、自分と同レベルの美人しか認められず、自分よりも容姿に劣っている人を見下すようになります。

 

価値観の狭さは人としての器の狭さでもあります。

ですから、毎回同じような人たちと同じような会話しかしなくなり、ボキャブラリーが乏しい。

よって、キラキラ系美人と一緒にいてもいつも同じような話ばかりで「退屈」しそうだし、息苦しそうと感じるのです。

 

男に奢ってもらって当たり前だとおもってる

これは、キラキラ系美人と飲んでとても感じたことです。特に1回だけすんごいのにぶち当たってしまいました。

 

それは5年くらい前に知人の社長さんに飲みに誘われた時のことです。

お相手がキラキラ系美人の集団だったんですよね。

私はキラキラ系美人に免疫が強くないのであんまり喋らずにいたんですけど、すごく気になったのが一つ。

「頼むメニューが全部高い」んです。

 

お鮨で例えるなら、毎回トロを頼んでる感じ。

会計は社長さんが全部払うだろうという雰囲気を醸し出しています。

しかし、高級なメニューを躊躇もなく頼む。

 

それが食べたいんだならいいんですけど、少なくとも私には「高いから頼んでる」ようにしか見えなかったんですよね。

まぁーここは百歩譲って許します。

 

問題は会計です。

予想通り会計は社長さんに奢って頂いたんですけど(私の分もご馳走様でした)、それに対して彼女たちは全く「奢ってもらって当たり前」といった態度だったんですよね。

たしか全部で5人位いたんですけど、1人の女性はご馳走様って言いました。

しかし、それ以外の人たちはご馳走様も無くて、軽くぼくはカルチャーショックを受けました。

あれだけ頼んで、奢ってもらって当たり前の態度ってどうなんだろうと。

その時の体験がキラキラ系美人に苦手意識を抱かせたのはたしかです。

 

私の出会ったキラキラ系美人が過剰だったとおもうんですが、心の中では「女は奢ってもらって当たり前」という気持ちがキラキラ系美人はどこか醸し出してる感じがあるんですよね。

なので、今まで出会ったキラキラ系美人とはSNSさえ交換したことありません。

フェイスブックに彼女たちのタイムラインが流れるのもちょっと無理だなとおもっちゃったんです。

 

まとめ

キラキラ系美人が苦手という男性はかなりの数いるとおもいます。

彼女たちの中にも素敵な人たちがいるというのは理解できる一方で、やはり苦手意識は拭えません。

 

隙のない眩しいライフスタイルや他の価値観を寄せ付けないプライドに対して生き苦しさや退屈さというのは払拭できないんですよね

キラキラ系美人をインスタグラムで観察した時に過去の体験を思い出したので、今回毒突いて書かせていただきました。

 

私は美人でもちょっと闇がある人が好きです。

そして、様々なジャンル、価値観、年齢層と付き合う異性が好みです。

そんな女性たちの方が身近さを感じるし、会話の幅も広いので飽きないんですよね。

 

キラキラ系美人たちは「身近さ」と「価値観の狭さ」の2つがあって苦手だとおもっています。

「美人は正義!」とおもう一方で、キラキラ系美人は苦手だと強く感じています。

 

みなさんはキラキラ系美人についてどう考えますか?

 

それでは今日はここまでです。

 

わっしょい!