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エドマル

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エイプリルフールだから話せる、ぼくの人生に影響を与えた3人に教わった嘘のない話

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「宮森くんはミーハーだよね。」

 

2年くらい前でしょうか、今をときめく人気絵本作家のキングコング西野さんと飲む機会を頂いた時、ぼくはそう言われました。
ちなみに、これは西野さんがいきなり言ってきたのではなく、「ぼくってどんな印象でしょうか?」と質問したところ西野さんが答えてくれたのです。

 

ぼくは自分で聞いておきながら、西野さんのこの言葉に見事に凹んでしまいました。
「やっぱりぼくは、あくまで一般人のミーハーに過ぎなくて西野さんのようなスターにはなれないんだ」と肩を落としたのです。
しかし、しばらく経って西野さんがぼくに感じてくれた「ミーハー」という印象が実は「自分の強み」なんじゃないかとおもえるようになったんです。
それはなぜか?

 

ミーハーであるぼくは、突出した技術がないので変なプライドがありません。

ですから、どんな人とか関係なくコミュニケーションを取ることができます。

また、どの分野に対しても専門家にしてみれば知識が浅いので、「知らないことは知らない」とはっきり言うし、常に教わろうとする姿勢があります。

それのお陰で、一つの業界に固執せず、色んな分野の知人、友人がいます。

そして、ぼくはミーハーだからこそ、そのみなさん一人一人に尊敬の念を持って接しています。

 

そのお陰で、年齢関係なくぼくは誰に対しても敬語を基本にして話す癖がつきました。

初対面の高校生と話す時ももちろん、敬語です。

これがきっと大きな要因で、ぼくは直接話した人には、ほとんど気に入っていってもらえます。

これはミーハーだからこその強みだとおもうんですよね。

 

話は変わりますが、今日はエイプリルフール。
嘘をついてもある程度許される日です。
しかし、ぼくは近年そのエイプリルフールにうまい嘘をついても面白さを感じなくなっていました。

 

だからこそ、嘘をついても許される、そんな日にしか書けない「真実の話」を今日は書きたいとおもいます。


題名のとおり、今回はぼくの人生に大きな影響を与えた3人の人物から学んだことをミーハーのぼくが全力で書きます。

前述したように、ぼくはどの友人、知人にも尊敬の念を持ってますが、今回はあえて3人に厳選させていただきました。

 

ぼくはこの3名に人として重要なあるコトを、それぞれ学んだのです。
みなさんにも人生に強い影響を受けた尊敬する人たちがいるとおもいます。

そして、その人たちに大切なことを教わったことでしょう。

 

ぼくの場合は尊敬する人たちからからこんなことを学ばせてもらいました。

今回は、それをストーリー仕立てで、思う存分みなさんに伝えたいとおもいます。

 

 

人を深く愛する大切さを教えてくれたA子さん

まずは、ぼくの人生に欠かせないあの人について書きます。

仮にA子さん(女性)としましょう。

 

A子さんとはお世話になってる先輩の紹介で知り合いました。
ぼくはA子さんを観た瞬間に「こんな美人この世にいるのか?」とビックリしてしまいました。
A子さんは、ぼくにとって長澤まさみよりも新垣結衣よりも満島ひかりよりも美人な人だったのです。

ですから、ぼくはA子さんと会うたんびに「かわいい!」しか言ってません。

ていうか、それしかもはや口に出す言葉が思い当たらないんです。

 

ある日、渋谷で堀江貴文さんの著書を担当していたライターさんと飲む機会がありました。
その時のメンバーは、ライターさん、世界一幸せなホームレスで今、有名になりまくってるヤツ、お世話になってる古着屋のオーナーさん、A子さん、そしてぼくの5人でした。

ライターさんとは初対面で、はじめはベーシックインカムなどの話で盛り上がりながら楽しくお酒を飲み交わしていたんです。


しかし、そこからA子さんが合流するやいなや、ぼくは「いかにA子さんが素晴らしいか」についてしか語らなくなりました。
世界平和よりもぼくにとってはA子さんが優先なのです。

 

それを面白がってくれたのかライターさんに「キミは彼女を題材にして小説書けちゃうね。」と真顔で言われたほどです。

ぼくはそれに対して「はい、すぐにでも書けます。100万部超えてやりますよ。」と即答してしまいました。

 

ぼくはそれくらいA子さんに夢中です。
そして、A子さんに会うたんびに毎回A子さんが喜びそうなプレゼントをぼくは渡し続けるという頭の悪いことをしています。

 

それを知った友人、知人たちには「オマエは脳みそ腐ってる」とか「単なるストーカーじゃん」と言われたりもしました。
だけれど、そうしたいからもう仕方ありません。
ぼくは本当にどうしようもないヤツなのです。

ですが、そんなぼくを当の本人のA子さんは受け入れてくれました。


ある日、A子さんと呑んでた時のこと。
ぼくは自分のバカっぷりが心配になって「今までプレゼントした中で大きなお世話みたいなモノなかったですか?」と勢いて聴いてしまいました。
それ対して、A子さんはきっぱりと言い切ったのです。

「一度もない。全部嬉しかったよ。」と。

 

ぼくはそれを聴いて本当に本当に嬉しくて仕方ありませんでした。
そして、生きてて良かったとおもえたのです。

 

そういえば、ぼくは昨年、三軒茶屋に家と会社(学校)に続く第三の居場所となるシェアハウスを作るためにクラウドファンディングに挑戦しました。

その際の目標金額は130万円。決して安い金額ではありません。

 

当時は、ブロガー界隈でクラウドファンディングを行ってる事例も全くありませんでした。
ですから、「クラウドファンディングって何?」とおもう人やクラウドファンディングの存在を知っていても支援した経験のない人ばかりだったのです。

 

ですから、ぼくは「今までブログで積み重ねてきた信用を全部使い果たす」つもりで挑みました。
結果は、立ち上げメンバー7人のチーム力が結集されて目標金額を大きく上回る200万円近くの資金が集まる大勝利でした。
そして、実に200人以上のみなさんに多大な支援を頂いたのです。

 

しかし、ぼくはそんなクラウドファンディングの最中1つずっと考えていたことがあります。
それは「A子さんにだけは支援を受けたくない」ということでした。

クラウドファンディングの大きな特徴の1つは「今まで自分がどれだけ他人に尽くしたか」という信用が明確に数値化されることです。

たくさんの人に役立ってきた人には10万円でも100万円でも集まりますが、そうでない人には1000円も集まりません。

クラウドファンディングにはそんな残酷な側面があるのです。


ですから、理論的に考えればA子さんには物凄く尽くしてきたので一番の支援を頂いても何ら不思議ではありません。

 

ですが、ぼくの想いは違いました。
他の人たちからはできればご支援を頂きたいとおもうけれど、A子さんにだけは「もし支援を受けたら怒って突き返してしまうかも」とおもってしまったのです。
クラウドファンディングをはじめる直前にA子さんに「支援しないでほしい」と直談判しようかとおもったくらいです。

 

けれど、ぼくはA子さんを信用し、直談判はしませんでした。
そして、A子さんは見事プロジェクトに支援しませんでした。
クラウドファンディング後に会った時もクラウドファンディングの話をあっちから出すこともありません。
ぼくはそのA子さんの態度が本当に嬉しかったんです。

 

A子さんと出会って、ぼくは人を深く愛する大切さを教えてもらいました。
ぼくは今、たった50円で他人の人生相談に乗るというアホなサービスをしています。

 

この相談を受けた依頼者にはよく「どうして50円でこんなに一生懸命になって相談に乗ってくれるんですか?」と聞かれます。
これは間違いなくぼくがA子さんに教わった経験が生きているんです。

A子さんが、ぼくに精一杯尽くさせてくれたから、依頼者にもぼくは力の限り尽くそうとおもえるんです。

 

そして、その結果、たった50円の相談にも関わらず、依頼者のお気持ちで15000円、10000円といったお布施を頂くこともあってぼくは非常に驚かされています。

A子さんの存在のお陰でぼくの人生はどこまでもドラマチックになったのです。
そんなA子さんには感謝しか出てきません。

 

人に直球で立ち向かう勇気を教えてくれたB子さん。

この人は、もう15年くらい会ってない女性です。
仮にB子さんとしましょう。


B子さんとは、中学の時に一度だけ同じクラスになりました。
当時のぼくは中学の同級生とあんまり親しくなれませんでした。
はっきり言ってしまうと、「友達がいなかった」んです。
ですから、B子さんともほとんど話したことがありませんでした。

 

しかし、中学の卒業式が終わって自宅のコタツで呑気に温まってた時に忘れれない出来事が起きます。

それは、今は亡き祖母が突然ぼくに対して叫び声をあげた所から始まります。

 

「はやと!!何こんな所でヌクヌク温まってるんだい!!!かわいい女の子、寒い外に待たせて!」

 

ぼくはこの祖母の言葉に、「何を言ってるんだばあちゃんは?ついにボケてしまったのか。」とおもってしまいました。

 

そして、まだ雪が残る曇天の外に出ると、「(自宅の隣にある)車庫に行ってみなさい」とばあちゃんに命じられました。

ぼくが、車庫に恐る恐る行ってみると、そこには制服にマフラーを巻いたB子さんが独りで立っていたのです。

 

ぼくは驚愕しました。
「何でB子さんがいるの?ていうか、どうしてウチの住所を知ってるの?」

ぼくの頭には「?」マークしか浮かびませんでした。

 

そして、B子さんから、ぼくはストレートな告白を受けました。
生まれて初めての女性からの告白でした。

結果を言うと、ぼくは当時他に好きな人がいたのでB子さんの告白を受けることはできませんでした。

 

ですが、その時の感動というか、B子さんの勇気に大きく胸を打たれたのです。
少なくともぼくの30年の人生の中で、わざわざ家を調べ、たった独りで訪ねて来て告白をしてきたのはB子さんだけです。

 

ぼくはこのB子さんの姿勢がめちゃくちゃカッコいいとおもいました。
そして、ぼくも好きな人に対してB子さんのように「常に直球で立ち向かっていかなくては」と襟を正されたのです。

 

ぼくはつい最近、人生で浮気をしようとおもったことがないという記事を書きました。

今、思い返せばこんな気持ちになれたのもB子さんのお陰だとおもっています。

ぼくは、B子さんのように「真っ直ぐに人を好きになりたい」と、アノ告白を受けた時に心からおもったのです。

その時の感動が今でもずっと残ってるからこそ、自分が好きな人を裏切れないと強くおもうのだと感じます。

 

B子さんは今、結婚もされてお子さんもいらっしゃるそうです。
ぼくはB子さんの幸せを願わずにはいられません。
人に対して直球で立ち向かう勇気をぼくに教えてくれたのは紛れもない彼女だからです。

  

孤独と向き合い、もがき続けることが本質であると教えてくれたCさん

最後の3人目は、Cさんという起業家です。


Cさんを初めてぼくが知ったのは、知人のツイッターリツイートでした。

「何だか面白いことをつぶやく人がいるな」と興味本位でフォローしたことから始まります。

Cさんを知った当時ぼくは27歳で、人生で何か大きなことを成し遂げたこともなく、「何かやってみたい」という漠然とした気持ちだけがありました。

 

その時に「Cさんをゲストにした講演会を開催したら面白いんじゃないか」とおもい付き、ぼくはCさんに直接会いに行ったのです。

Cさんは初対面のぼくの依頼に対して快くオッケーしてくれ、マネージャーの方を紹介していただきました。

 

そして、ここからはマネージャーさんと連日連絡を取り合いました。
講演会で一番重要であり、大変なのは「集客」です。
Cさんは影響力がある著名人ですが、ぼくはCさんの力に頼りたくなくて、何とか自分の力で集客しようと必死で行動しました。
そして、イベント会場の定員である50人のほとんどを何とか自分で集め、当日は満員の予定。

あとはCさんに講演して頂くだけといった感じだったのです。


しかし、講演の一週間前くらいから、Cさんとの連絡がマネージャーさえも付かなくなります。

 

実は、Cさんはうつ病持ちでイベントをしょっちゅうドタキャンすることでも有名な起業家でもあるのです。

そして、イベント前日になってもついにCさんとは連絡が付かず、ぼくはイベントの延期を判断します。
そこから人生で初めてというくらいの謝罪の連絡をしまくるハメになったのです。

 

ぼく自身は複雑なおもいではありましたが、Cさんがドタキャンすることはよく知ってたし何とか耐えられました。
ですが、イベントスタッフであるぼくの友人たちにCさんの不信感が広がり、これを解決しないと再開催も無理だとおもったのです。

 

ですが、Cさんから一向に謝罪の連絡も来ません。
ぼくは「イベントをドタキャンしておいて、さすがにこの礼儀の無さはないな」とカチンと来ました。

そして、再びCさんに会いに行き、強く問い正そうとおもったのです。


しかし、Cさんはぼくと会うや否やめちゃくちゃ申し訳ない顔をして謝りまくってくれました。


どうして連絡して来なかったか聞いてみた所、「ぼくの顔が(強面で)恐くて、殴られるかも」とおもったからだそうです。
ぼくはそれを聴いて、「Cさん、カワイイ!」とおもったのですぐに許してしまったのですが、スタッフを手伝ってくれた友人たちはまだです。

 

ぼくはすぐに友人たちに連絡を取り、メンバーの一人がママを務める渋谷のスナックで謝罪の会を催します。
Cさんからの謝罪を直に聞いた友人たちはそこでやっと不信感が抜け、そのままスナックで酒を飲みまくってカラオケ三昧。朝まで飲み明かします。(Cさんの全部オゴリ)
ぼくはCさんとDragon Ashのグレイトフルデイズを歌ったんですが、Cさんの下手くそな「オレは東京生まれ、ヒップホップ育ち」が今でも忘れられません。(ぼくも音痴です)

 

その後、講演会は無事に開催され、成功を収めます。
そして、その後もCさんとは何かとご縁があり、時には深夜まで西麻布で飲んだ後になぜか帰りのタクシーから追い出されたりもしてひどい仕打ちを受けもしました。

しかし、それもCさんの人間味のネタとして話せる思い出の1つです。


なぜなら、Cさんはごくたまにですが、「元気か?」と謎のLINEをくれたり。
ぼくが政治家を志して、そこから選挙にビビって逃げてしまった時も「ぼくたちみたいな人間は暗闇の中でもがき続けるしかないんだ」と励ましてくれたりと、ぼく自身の背中をことあるごとに押してくれた存在だからです。

 

Cさんの言葉の力によって、特に頭を金槌で打たれたような出来事があります。
それが去年の秋、ぼくが原因不明の無気力状態に陥ってブログさえ何を書いていいか分からなくなった時です。

その時にぼくはCさんのことを思い出し、相談しに行きます。
そして、ぼくはCさんから衝撃の言葉を受けるのです。


「宮森、もうブログ辞めろ。そこにいてもイケダハヤト(ブログ界で一番有名なプロブロガー)には絶対に勝てないんだよ。そうだな、カンボジアでカキ氷屋やれよ。それくらいぶっ飛ばなきゃもうダメなんだよ」

 

ぼくはCさんのこの言葉に文字通り、言葉を失いました。


ぼくはもっとCさんに対して「オマエなりによくやってるよ。このままブログがんばれよ。」という励ましの言葉を期待していたのです。

そして、Cさんはぼくにこう言い放って去って行ったのです。
「今までぼくは悩みまくった時も誰にも相談できずに、自分で決めてきた。」

 

Cさんは九州の片田舎で、レンタルサーバーの会社をたった1人で立ち上げました。
そして、その会社を上場にまで結びつけた人物です。

 

ぼくは東京に居たくなくなって、逃げるように地元に戻りました。

そして、Cさんのあのメッセージがぼくに何を言いたいのかずっと考えていました。
それでやっと気付かされたのです。

 

Cさんはきっと「宮森、おまえも独りでぶっ飛んでみろよ。他人の見様見真似ばっかりやってんじゃねぇよ。」と言いたいんじゃないかと。

Cさんはぼくに「早くオレや(キングコングの)西野さん、イケダハヤトのフォロワーから抜けろ」とも言いました。

 

ぼくはそれに対する自分なりの答えをまだかすかですが、「きっとこれなんじゃないか」というのを掴んでいます。
それを早くCさんに成長して、見せつけてやりたい。そうおもってるんです。

 

常にぼくの前にはCさんがいました。
それはぼくの友人たちなら全員が知ってる事実です。
ぼくはCさんフォロワーから抜け出れたことをどうにかして周りに見せれるようにこれからたった独りで挑んで行こうとおもいます。

 

このようにぼくはCさんから「孤独とひたすら向き合い、暗闇の中をもがき続けることこそが本質であること」を学んだのです。

 

そんなことに気づかせてくれたCさんには感謝しかありません。

ぼくはこれから、たった独りで熱狂しようとおもいます。

 

新年度だからこそ、人生に影響を与えてもらった人たちのことを思い出そう

以上が、人生に大きな影響を受けた3名にぼくが教わったことです。

 

みなさんも、ぼくのように尊敬する人物に人生に対する大切な何かを学んだとおもいます。
そのことを新年度である今日だからこそ、一度思い出すといいんじゃないでしょうか。


今年も4分の1がすでに終わりました。1年なんてあっという間に過ぎてすぐに2018年を迎えることでしょう。

2017年に後悔を残さないために、過去の原体験に立ち返ってもいいのではないでしょうか。

 

ここから、ぼくはやってやろうとおもいます。
こんな赤裸々なブログを書けたのだから、もうぼくに怖いものはありませんからね。笑

 

ここまで言っておいて何ですが、今日はエイプリルフールです。
これが本当なのか、大嘘なのかはみなさんの判断に委ねます。

それでは今日はこのへんで。

 

わっしょい!