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エドマル

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【ご報告】宮森はやとはハイパーリバ邸を出ました。

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お久しぶりです、みやもです。

 

11月はじめからずーーーーっとブログをかいてなかったです。気づけば50日も経っていました。

タイトルにもある通り、ぼくはハイパーリバ邸を出ました。

厳密にいうと先月23日には退去し、今は地元である石川県に戻っています。

 

ずっと病んでた。

実は、3ヶ月くらい前からずっと調子が良くなかったんです。

もう朝起きてから何もしたくなくて、無気力状態が続いていました。

ブログの更新も無理して何とかやってましたが、前述のとおり11月はじめからブログさえもかけなくなってしまいました。

 

無気力になった原因が何なのか?

 

7月の炎上を引きずってるんじゃないか?とも言われまして、それも一理あるとおもいますけど、それだけではないなーとおもいます。

 

ぶっちゃけ、ぼくもよく分かりません。

 

ただ、ぼくがずっと悩んでたことの一つとして、炎上によって自分の知名度が予想以上に広がってしまったのが悩ましかったのはたしかです。

「せっかく知名度が上がったんだから、それは喜ぶところだろ!」とツッコミたくなる人もいるとおもいます。

しかし、何が悩ましいって、周囲から自分の実力以上に過大評価を受けてるなとヒシヒシと感じたことです

 

どこの誰と話しても炎上のことが話題になります。

たまにイベントに出かけた時もネットにちょっと詳しい方であればぼくのことを知ってくれていました。

炎上をネタにすることはコミュニケーションを図る上で、すごく便利で「美味しい」ことでした。

みなさん「すごい、すごい」と褒めてくださいもしました。

ですが、心の底ではどうもシックリ来ませんでした。

 

「ぼくなんてそんな大した人間じゃないんだけどな。」

 

炎上してから、ぼくがずっとチェックし続けていたインフルエンサーの方々にフォローされたことがあります。それはとても嬉しく、光栄なことでした。

ですが、その人たちにフォローされるほどの器にまだなれてないことは自分自身が一番分かっているので、嬉しさ以上にもどかしさがありました。

  

周囲の評価と自分自身の評価とのギャップ。

そのモヤモヤをかかえ続けていたことが無気力になった一つの要因であると推測しています。

 

テレビの取材もみすみす棒に振る、仕事も断り続ける

10月に某テレビ局から取材の話が来ました。

その番組は、視聴率10パーセントを常に取り続けている長寿番組でした。

ゴールデンタイムの放送なので、相当な人々に自分を知ってもらえる機会にもなります。

 

ちなみに、取材内容は「炎上」についてでした。

以前のぼくであれば「自分を知ってもらえるイイ機会だ!」と快諾していた内容です。

 

しかし、ぼくはディレクターさんの話を聞いて一度はOKしたものの、万が一、またネットで物議を醸して炎上が起きた際にそれに耐えられる体力が今の自分には無いと思ってしまいました。

それでディレクターさんに「取材希望日をこちらから連絡する」と言いつつ、全く連絡せずにこの話を無かったことにしたのです。(ディレクターさん本当に申し訳なかったです)

 

この他にも、ぼくは「ブログカレッジ」というブロガーのためのオンラインサロンの講師もさせていただいてましたが、こちらも10月末で退かせていただきました。

また、記事広告の話やライティングの仕事、イベント出演の依頼もいただきましたが断る、もしくは返信さえしていません。

そんな感じで、ぼくはチャンスをみすみす棒に振ったり、仕事もまともに応じることができないような状態で、お酒ばかり飲む腐った生活をしていたのです。

 

ハイパーリバ邸の住民たちは優しかった

そんな自分に対してハイパーリバ邸の住民たちはとても優しかったです。

こんなダメなぼくでもそのまま居ていいと言ってくれました。

ですが、ぼくはそんな自分を許すことができませんでした。

 

また、ハイパーリバ邸の住民たちやぼくの周囲の友人たちは、自分の道を切り拓くためにどんどん行動していってます。

そんな彼らの姿を見ているのが苦しかったです。

自分自身に劣等感を感じずにはいられませんでした。

 

そして、いつしかぼくは「東京にいたくない、東京と距離を取りたい」と思い続けるようになり、ついにハイパーリバ邸から退去し、東京から脱出しました。

とはいっても、政治家を目指していた時とは違い、急に消えたわけではなく住民一人一人にぼくの気持ちを打ち明けて、納得してもらって退去しました。

 

また、ハイパーリバ邸はクラウドファンディング(キャンプファイヤー)で190万円以上の資金を集めて実現したシェアハウスです。

ですから、ぼくがハイパーリバ邸から出たことをパトロンのみなさんにはかなり前に伝えておりました。

 

ぼくは叱責されることを覚悟でメッセージしたのですが、誰一人からもそのような言葉はありませんでした。

逆に、多くの励ましのメッセージを頂いたほどです。

パトロンのみなさんの温かい行為に、ぼくはとても救われました。

 

しかし、創設者であるぼくがこんなにも早くいなくなることに申し訳なさを感じずにはいられません。

また、ぼくがハイパーリバ邸に居るとおもってぼくに直接連絡をくださった方がいて、そのみなさんにも申し訳なかったです。

  

「ぼくは今、ハイパーリバ邸にはおりません。」

このことを知っていただくために今回のブログを書きました。

 

ハイパーリバ邸とはずっと関わり続けます。

ぼくが東京から出る際、ある友人が手紙をくれて、そこに書いてあったことに感銘を受けました。

「みやもさんはすごい人です。でもそれは、何かしたからすごいとか、何か言ったらすごいではなく、ただそこに関わってるだけですごいということなんです。。。」

褒めていただいて、恐縮です。
しかし、友人のいうことがもしそうであるとしたら、ぼくはどこにいようともハイパーリバ邸に関わり続けることで皆様の応援の気持ちを返していきたいとおもいます。

なので、引き続きハイパーリバ邸というシェアハウスを応援していただけたら幸いです。

 

これから、ここから

田舎に帰ってきて一ヶ月ほど。 やっとこのブログを書こうとおもえました。

ぼくはずっと「周りの目を気にするな」と言い続けてきましたが、周りの目を一番気にしていたのは他ならぬ自分自身だったと思い知らされています。

 

30歳というイイ齢してどうしようもないぼくだけれど、また自分のできることから一つ一つ積み重ねていこうとおもいます。

んで、散々考えたんですが、ぼくに今できることはまだブログしか思いつきません。

なので、また田舎からブログを淡々とかいていこうとおもいます。

 

以上、みやもからのご報告でした。

 

わっしょい!