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今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

Today’s Real intention

Opinion and Lifehack

【上司と部下の関係】日本は「がんばってるように見えない人」に厳しすぎる

オピニオン 社会問題

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こちらの記事を読みました。→「目標は過労死!」暴走した承認欲求が導き出した、完全に狂った結論 – メンヘラ.jp

 

「もっと頑張ってるアピールしないと!」と言われて

ある日のフィードバックで、職場内では比較的中立の立場にいる上司からこう言われた。

「もっと頑張ってるアピールしないと、教える方も嫌になっちゃうよ」

私は頭が真っ白になった。

「頑張ってるアピールって、どうやるんですか」

そう反射的に口から出てしまった。

答えはよく覚えていないけれど、同僚たちの前でこれ見よがしにメモを確認しまくるとか、そういった行為が必要らしい。

(中略)

 

なぜ上司は「頑張ってるアピールをしろ」と言ったのか。

単に「あなたが頑張っているように見えない」と伝えたかったのではないだろうか。

仕事で評価されたいという気持ちはそんなになかったけれど、お前は頑張っていないと言われると、やはり落ち込んだ。

そうかあ。私、頑張ってるつもりだったんだけど、頑張ってなかったんだ。

そう言われちゃ仕方ないよなあ。私が頑張ってるかどうか決めるのは、やっぱり私じゃなくて、「みなさん」なのだ。

正直これは、すごく難しい問題だ。

たしかにがんばってるように見える人を応援したくなる気持ちはぼくもわかる。

 

ぼくは過去に電話営業のマネージャーをしていて、最大30人ほどのチームの管理を務めたことがあった。

電話営業は、精神的にキツい仕事だ。

 

200件、300件電話かけても成約が上がらないことなんてザラ。

だから多くの人は挫折していく。

その中で、残った人はやはりある程度がんばってる人だ。

その人たちの働く姿を毎日のように見ていると、嫌でも「情」が出てくる。

 

がんばってるアピールをする人に日本人は弱い。

日本人はマラソン好きであるように、必死に何かに取り組んでる人を見ると情にほだされやすいのだ。

そして、その人がもし失敗しても、「あれだけがんばってたんだし。失敗は誰しも経験することだから仕方ないよね。」と納得する人も多いだろう。

 

日本はがんばってるように見えない人に厳しすぎる

 上記の記事に出てくる上司は、日本の上司の典型像であるとぼくは感じる。

なんせ、ぼくも過去に「がんばってるように見えない人」があまり好きになれなかったから。

がんばってるのを表に出してる人の方がやっぱり管理者側もやりがいを感じたり、かわいがりたい気持ちになるのだとおもう。

 

しかし、世の中には普通の顔して淡々と仕事をこなしている人もたしかに存在するのだ

がんばってるように見える人だけが、がんばってるのではない。

一見がんばってないように見える人もちゃんと仕事をこなしている人がたくさんいる。

 

実際に、テレアポでも感情に振り回されず電話をかけ続けている人がいた。

そういう人はたしかに一見がんばってるように見えない。

だが、ただ表情に出ないだけで実は自分をすごく追い込んでいたりする。

 

がんばってるように見える人、がんばってるように見えないけどがんばってる人。

これはタイプの違いとしか言いようがない。

だが、現在の日本はがんばってるように見える人ばかり評価され、「がんばってるように見えない人」に厳しすぎる。

これはたしかな事実だとおもう。

 

「がんばってるアピールしないと教える気失せるは」は管理者責任が問われる

部下に「がんばってるアピールしないと教える気が失せる」と発言するのは管理者は軽はずみにやってはいけないことだとおもう。

その前に上司として、部下がどんな人間か研究すべきだ。

そして、相手のタイプに合わせてマネジメント方法を変えることが必要だろう。

実際に、上記の記事を書いたライターも「自分ではがんばってるつもりでいた」と発言している。

 

上司は、「がんばっていないように見える」という勝手な思い込みだけで部下に自分の価値観を押し付けてはいけない。

そうではなく、「部下と話す」ことが必要なんだとおもう。そして、部下のことを少しでも知り、相手を理解することで部下の見方も変わってくるのだと思う。

 

一人一人の人間は全員違う。だから人の数だけマネジメントの仕方がある。

 

「がんばってるように見える人を評価する文化」はたしかにわかりやすくて判断もしやすいが、それだけでは必ずこぼれる人が出てくる。

がんばってるように見える人だけが評価される文化では、コミュニケーション能力が高い人間は認められやすいが、コミュ症で表情や言葉でなかなか自分を表現できない人にとっては正当な評価を受けにくい。

そして、コミュ症の人間ががんばってるアピールを強要されるのは、自分を偽る行為であり、相当辛いことだとぼくはおもう。

 

がんばってるアピールをしないと評価されない会社は努力、根性論が強すぎて、多様性が欠如している。

それではたくさんの人の意志を殺し、無理をさせ、精神病まで追い込まれる人も続々と出てくる。

 

日本がどうして、自殺者が3万人を超える自殺大国なのか。

それはがんばってる人しか評価されにくい、この国全体を覆う風潮にあるとおもう。

がんばってるアピールをしないと評価されない社会では精神病は益々増えていくだろう。

 

分かりやすく自分アピールをできる人だけが評価される社会で本当にいいのだろうか?

 

それでは今日はこの辺で。

 

 

わっしょい!