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今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

Today’s Real intention

Opinion and Lifehack

たとえ努力が報われなくとも、努力した自分まで否定しなくていい。

オピニオン

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ぼくは中高時代、陸上(長距離)をしていたんです。

陸上にはガチで取り組んでいて、中高校共に駅伝で全国大会に出場しました。

ちなみに個人では県大会3位、やっとこさ地区大会に出場できた程度です。

 

ぼくの一個上、一個下の先輩、後輩には全国大会の決勝に残るほど強い選手がいました。

彼らとぼくは日々、同じ練習メニューをこなします。

ぼくは練習でかなり追い込む方で、自分でいうのも何ですけど人一倍熱心に練習に取り組みました。

 

中高の6年間はずっと陸上のことを考え続けてきたし、両親に協力してもらって足が速くなるための投資も惜しみませんでした。

ぼくは真剣に足が速くなりたいとずっと願っていたんです。

 

ですが、彼らには逆立ちしても全く勝てませんでした。

彼らが怪我明けで練習もほとんどできていない状態であったとしても、全然歯が立ちませんでした。

 

才能の前ではいくら努力しても報われない

彼らと出会ったことで、ぼくはこの世にはどれだけ努力しても手も足も出ない本物の才能が存在することを知りました。

自分に才能が無いことを突きつけられることは辛いことです。

しかし、この経験によって「いくら努力しても、それが報われるとは限らない」ことをぼくは身体で学びました。

「がんばれば、夢は叶う」とよく言われますが、努力では到底届かない才能の境地がたしかに存在するんです。

 

才能の存在を知ったことで闘う場所を選ぶことを学んだ

ぼくは才能の存在を知ったことで、自分が闘える場所はどこなのか?を模索するようになりました。

世の中には、無数の仕事が存在します。

その中で、どれが自分にとって向いているのか、他人と差別化できるのかを真剣に考えるようになりました。

 

ですから、ぼくは自分が向いていないとおもった仕事はバッサリと辞めてきています。

向いているのか、向いてないのかなんてぶっちゃけやってみないと分かりません。

現在、ぼくはこうやってブロガーとして活動していますが、ブログは自分にとって少しは向いているのかもしれないとおもっているので続けることができています。

 

努力が報われなくとも、努力した自分まで否定しなくていい

自分に陸上の才能がなかったことを突きつけられたのは、ぼくにとって人生の敗北です。

また、陸上以外にもぼくはたくさんの才能ある人と出会い、「この人には勝てない」という敗北感を味わいました。

 

ですが、その敗北感を経験したことで、がんばっても報われない人の気持ちやうまくいってない人の心情を理解できるようになりました。

そして、ぼくが伝えたいことは「努力しても報われるとは限らないけれど、努力した自分自身まで否定しなくていい」ということです。

 

この世には無駄な努力など存在しません。

何かに努力することができた人は、また別の何かに挑戦した時に浮上する(うまくいく)確率が高いとぼくは考えています。

何かに対して真剣に努力できることは、一つの能力です。

 

ほとんどの人は結果ばかりに意識を向けてしまいますが、努力した過程を自分が納得できていることが最も重要だとぼくは感じています。

たとえ努力が報われなくとも、そのコトに対して真剣に取り組めた時間はいつまでも自分に残り続けます。

自分の好きなことに時間を注いで取り組んだ事実こそが、その人に納得感を生むのだと感じるのです。

 

ぼくは心血を注いだ陸上において自分が望んだ結果は得られなかったけれど、あの時の自分を否定していません。

むしろ、人生のどこかで努力が報われない経験をすることが大事のようにさえおもいます。 

努力しても報われない無力感に陥った経験のある人は、同じような経験をした他者に優しくなれるからです。

ですから、たとえ努力が報われなくとも自分まで否定する必要なんて無いのです。

むしろ、「自分はよく闘った!」と肯定していいんです。

努力した自分を自分自身で褒めましょう。

 

最後に関連本。努力に関してここまで言語化できてる本はなかなかありません。

為末さんの言葉が心に刺さる名著です。

 

わっしょい!