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今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

Today’s Real intention

Opinion and Lifehack

音痴がコンプレックスだったぼくがカラオケを楽しく唄えるようになった理由。

オピニオン

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ぼく音痴なんですよ。

つい最近、29歳にしてようやく、ようやく。。。カラオケを楽しく唄えるようになりました。

 

音痴を自覚した母親の一言。

そもそもぼくがカラオケを楽しんで唄えなかった要因は幼少期にあるのです。

人は小さい頃のトラウマをいつまでも引きづってしまうことありますが、歌はまさにぼくにとってそれでした。

幼少のぼくは唄うのがとても好きな少年でした。

子供なので自分が歌が上手いか下手かとか関係なく、唄うと気持ちがスカッとするし、楽しいですよね。

ですから、いつも鼻歌をフンンフン♩口ずさんでいました。

 

みなさんもお風呂でよく自分の好きな曲を唄うのではないでしょうか。

お風呂で歌うと声がよく響いて、異様に自分の歌がうまく聞こえますよね。

誰にも邪魔されずに、開放感マックスで唄うことができて自分がプロアーティストのような気分に浸れます。

ぼくもそんな例外に漏れず、お風呂でもうたっくさん唄ってました。

 

そんなある日、ぼくがいつものように気持ち良く好きな歌を口ずさんでいた時です。

お風呂の脱衣場のドアがガラガラっと開きました。

ぼくは物音をすぐに察知し、誰かが入ってきたことに気づきました。

「誰だ?」と思った瞬間には、ぼくが入ってる風呂のドアまでもが開きました。

 

そこには母の姿がありました。

母は顔をタコのようにプンプンと赤くさせています。

母の髪型は当時、サザエさんのような爆発型天念パーマだったのですが、その天パがいつにも増して逆立っているように見えました。

そして開口一番、母はぼくにまるで鉛のような石を投げつけるかのように言葉を浴びせてきたのです。

 

「アンタはァァァァ。。。音痴なんやからァァァァ!!!!」

 

そう言って母はドアを力一杯バタンッと閉めて出て行きました。

母のこの一言を聞いた時、ぼくは自分の音痴さをまざまざと自覚させられたのです。

ぼくは自分では決して歌は上手いとは思ってませんでしたが、他の人よりは「マシ」だと思っていたのです。

いや、ちょっと上手い部類に入るんじゃないかくらいにおもってました。すいません。

しかし、あれだけ怒った母の顔を見て「ぼくは実は音痴で、ぼくが唄うと人に迷惑をかけてしまうんだ」と思い込んでしまったのです。

 

同級生のトドメの一撃

ぼくは今までの自信がガラガラと崩れさり、情けなささえ感じました。

ですが、それでもぼくは自分が音痴であることをどうしても受け入れることができずにいました。

そして翌日、小学校で当時の同級生に思い切って相談してみたのです。

 

「昨日さ、お風呂で歌を唄ってたら、お母さんが風呂まで来て『オマエは音痴や!』ってすっごく怒られてん。ぼくってそんなに音痴なのかな?」

 

その同級生はすぐに以下のように即答したのです。

「うん、音痴だよ。」

 

同級生は余りにもサラッとぼくにとって槍を突き刺すような一言を言ったのです。

小さい子供の裏表ない素直な言葉は時に残酷なモノです。

ぼくにはこれがトドメの一撃でした。

もう母にも同級生にも音痴を突きつけられてしまった。

恥ずかしくて歌なんて唄えない。

ぼくの心は惨めでしかなく、唄うことにトラウマを覚えたのです。

 

中学生の音楽の授業では「独唱」の時間があると思います。

あの時間がぼくは本当に大嫌いでした。

自分の歌声を人前で晒すなんて、恥ずかしくていられなかった。

みんな最初は恥ずかしがりながらも、先生にうまくほだされて最終的には堂々とクラスメイトの前で唄っています。

しかし、ぼくはどれだけ先生に説得されても唄いませんでした。

 

カラオケをようやく楽しく唄えるようになった理由

物心つくとみなさんカラオケに行くと思うんですが、ぼくはそれもやっぱり恥ずかしくて唄えません。特に大人数の場や異性がいるともう無理です。

とは言っても、ごく少数の仲の良い友人の前ではお酒の勢いを借りて、唄うこともありました。

ただ、ほとんどのケースでその時は記憶を失くしています。記憶を失くすくらい酔っ払わないと唄えないのです。

ぼくがカラオケ唄った回数なんて数え切れる程度しかありません。

 

という感じで、自分の音痴さに蓋をして29歳まで生きてきました。

が、今は『音痴でもいいんだ』と開き直ることがようやくできたのです。

カラオケに行くのも、もう怖くないと思えるようになりました。

 

その理由はたった一つ。

友人たちが、ぼくが唄ってもすごく褒めてくれるからです。

ぼくなんて音感が全く無いのでラップや青春パンク系の唄しかほぼ唄わないのです。

いえ、唄えないのです。

でも、友人はなぜか褒めてくれる。

『おまえ全然大丈夫じゃん!』と、『おまえはウマい!』と何度も言ってくれるのです。

それに勇気付けられたというか、純粋に承認欲求が満たされたのです。

音痴は人前でシーンっとされたり、「コイツ音痴だ」と笑われるのが本当に嫌なのです。

そして、みなさんがそんなことを思ってなくても、自分が唄い終わった時に音痴は勝手に被害者妄想に入ります。

 

ですから、「何度も直接言葉をかけてくれる」ことはとてもありがたいことであり、それによりぼくは『音痴でも大丈夫なんだ』とようやく思えるようになりました。

そして、カラオケも楽しめるようになりました。今年すでにカラオケに3回行ってるんですけど、この短いスパンでこんなにカラオケに行ってるなんてぼくにとって快挙です。

しかも、その内の1回はぼくが自ら「カラオケ行くぞ!」と促しました。マジでありえません。

 

ぼくの経験から書きますが、あなたの周りに音痴な人がいて、唄うことにビクビクしてる人がいたら、ぜひ何度も直接言葉をかけて褒めてやってください。

それによって「音痴でも気持ち良く唄っていいんだ」と自覚してくるはずです。

そして、音痴の人たちは音痴を克服しようとするより、音痴を「承認してくれる相手」と付き合うことが重要だとおもいます。

 

29歳にして長年のコンプレックスから解放されました。

ぼくの音痴のように多くの人には何かしらの「コンプレックス」を抱えて生きています。

そのコンプレックスから解放される一番の鍵は「他者からの肯定である」とぼくは改めて認識することができました。

何か重いコンプレックスを抱えている人たちと出会った時、ぼくの音痴を肯定してくれた友人たちのように、ぼくもそれを肯定してやれる存在になりたいとおもいます。

 

あぁー!カラオケ行きたい!

 

わっしょい!