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今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

Today’s Real intention

Opinion and Lifehack

嫌われることを恐れない人は人間関係の新陳代謝が活発になる。嫌われることを受け入れて健康的に生きよう。

オピニオン ライフハック

当ブログでは、「嫌われる」というテーマを多数扱っております。

「人から積極的に嫌われる」という行為はほとんどの人からすると心理的ハードルが高く、実行している人が多くありません。

しかし、人から嫌われる、嫌い合うことは人ならば当然のことであり、健康的な行為であることを当ブログでは伝えていきたいのです。

 

ぼく自身、不特定多数の人から嫌われています。

全く会ったことのない赤の他人から影口を叩かれますし、フェイスブックでは顔を直接合わせた人や近しい存在とおもった友人からも「友達」を数え切れないほど外されています。

メールでは5000文字を超える憎悪さえ感じる文章を頂いたりもしました。

これら全てはブログが起因です。

ぼくの何かのブログを読んだことによって、ある誰かが怒りを覚え、上記のような行動を起こすのです。

ぼくがブログさえはじめなれば、このようなことも起きていません。

しかし、ぼくはこれこそが自分にとって理想に近いライフスタイルに一歩一歩近づいてる匂いを感じています。

人から嫌われることを恐れなくなるとどういうことが起きるのか?

 

それは率直に言うと、ぼくのはことを嫌いな人はどんどん離れていき、ぼくに関心や好感を抱いてくれる人が比較的近場に属するようになるということです。

それによってぼくは、自分が嫌悪感を抱くような圧倒的に価値観の違う人と出会うことが皆無になりました。

 

このブログを読んでるみなさんのほとんどは「付き合い」というモノが存在するとおもいます。

会う理由もないのに「とりあえず会って久しぶりに飲もう」という生産性のない無意味な誘いです。

そのような誘いはぼくには皆無に等しい。

ぼくの人付き合いは、見る人から見ればとてもドライかもしれないですが、理由のある、意味のある、お互いに何かしらメリットのあることでないと直接会うことはありません。

会う必要もない相談や連絡は最近はスカイプですませるように工夫しています。

そうすることでお互いの時間を削らず、お金を投資するに値するようなことでしか人と会わないようにシステム化しております。

 

人から嫌われることを恐れなくなると、自分が関心のある人としか会わなくなるので余計なストレスも無くなりますし、いざ人と会った時は常に刺激的な時間ばかりなのです。

「ぼくのことを嫌いな人はぼくの知らない場所でどうぞ幸せに暮らしてください」とイイ意味で割り切れるようになります。

 

そして、嫌われることを恐れなくなると人間関係の新陳代謝も活発になるのです。

ぼくは毎年と言っていいほど、頻繁に会う人が変わっています。

一昨年と去年でも会う頻度が高い人は全く違っていました。今年も去年とは全く異なる人と頻繁に会う事になるでしょう。既にその兆しが出ています。

それはなぜかというと、嫌われることを恐れないことで「環境を変えること」に臆することがなくなるからです。

 

ぼくは去年の2月〜11月まで生まれ故郷の石川県に住んでました。約8年ぶりの故郷でもあったのですが、時間を重ねていくうちに地元の人間関係もちょっとずつですが出来かけていました。しかし、ぼくの本音では「このまま石川県にずっといるより、東京に移住した方がブログが成長する」という読みがあったのです。

このような可能性を感じた時、人は現在の人間関係を考えてしまうとおもいます。

せっかく生まれた人間関係をまたゼロにして、新しく始めることに消失感もあるでしょう。

 

ぼく自身もそんなことを考えなかったと言ったら嘘になります。

しかし、そんな選択を迫られた時は、「ぼくの人生の主役はぼく自身であり、人生は一回きりなのだ。余計なことを考えるな。」と思考して、自分の本音に従うように心がけています。

その自分の本音に従うことで、軽やかに新しい環境に足を踏み入れるのです。

そして、結果的に新たな環境で新しい人間関係を形成し、自分の可能性を広げることにつながるのです。

環境を変えることは、自分を変化させる一番の源泉になります。

嫌われることを恐れなくなるとイイ意味で周りを気にしないので、大きな変化を容易に起こすことができるのです。

 

また、嫌われることを恐れなくなると離れていきそうな人のことも引き止めようとさえ思わなくなります。

「来る者は拒まず、去る者は追わず」という言葉を地で行くようになるのです。

ぼくのブログ自体も初期から読み続けている人は本当にごく少数です。

毎月、いや毎日のように読者はずっと変動しているでしょう。

昨日ぼくのブログを面白いと思ってくれた人が今日にはもう読まなくなる。

そんなことがずっと細胞分裂のように見えない所で繰り返されます。

そうやって読者が変動することは健康的であり、止めることもできないことだと受け入れています。

そんな考えをブログだけでなく、リアルな人間関係でもぼくは受容しています。

ぼくには「どれだけ近いと思える人でも結局は自分とは違う赤の他人である」という考えが根底としてあります。

そんな現実的な見方があるからこそ、嫌われることを恐れない人は馴れ合いを嫌い、離れていく人を無理矢理引き止めようとは考えず、「受け入れること」に徹するのです。

 

嫌われることを恐れない人は誰かに気に入られて、その気に入られた人さえからも嫌われることを繰り返します。

そして、どんどん人間関係が移り変わっていきます。

そんな風に新陳代謝を活発にしながら、変化の激しい毎日を過ごし、その変化による感情の変動や経験を創作に活かしていくのです。

 

嫌われることを恐れない人は、表現者なのです。

そして、ぼくは「人はみな表現者である」ともおもってます。

みなさん自分の好きな人とだけ付き合いたいし、自分のやりたいことをやりたい。

自分の嫌いな人とは全く付き合いたくないし、半径100メートル圏内にも近づいてこないで欲しいとさえ根底では思っているはずです。

ですが、「生きていくには嫌いな人とも付き合っていかないといけない」と我慢して受け入れてる人がほとんどです。

嫌われることを恐れない人は、その本音を素直に実行しているに過ぎません。

それが出来ることを特別扱いする人が多いですが、一度やってみると「意外とそんなモノ」だったりします。

嫌われることで何か実害を受けるワケでも、日常を害されることもありません。

ちょっと陰口を叩かれたり、批判されてイラつく程度です。

そんな陰口も批判も繰り返されれば不感症になっていき、大きく気にすることも無くなります。

 

ただ、一番初めの行動を起こす心理的ハードルが高いのです。

「自分を守ろうとするプライド」がそれを邪魔をします。

中途半端な人間関係に縛られるより、自分にとって必要ない人には嫌われた方がラクに生きられることをみなさん気づいてるはずです。

そんな人にこそ、その一歩を勇気を持って踏み出してみることをおすすめします。

一度グッと踏み込んでみると、そこから勢いがついて意外とスムーズに進むものです。

嫌われる勇気を持つことはあなたの人生自体を健康的にするでしょう。

ぜひこちら側に来てください。余計なストレスからも解放され、毎日が刺激的ですよ。

 

最後に、嫌われることにもっと造詣を深めたい方は、中島義道さん著の「ひとを“嫌う”ということ 」を読んでみてください。いかに人を嫌うこと、嫌われることが社会では当たり前であり、健康的であるか理解が深まります。とてもおすすめの書籍です。

嫌うこと、嫌われることは当然であることを理解すれば、人から嫌われることを恐れることもなくなり、生きていくのがラクになりますよ。

 

わっしょい!