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今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

Today’s Real intention

Opinion and Lifehack

スタバでドヤ顔でMacBookを開き、ドリップコーヒーをすする人たちは一体何をしているのか?

オピニオン

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みなさんはスターバックスに行った時、ドヤ顔でMacBook を開き、スタバのドリップコーヒーをすすっている、いかにも意識高そうなノマドっぽい人たちを一度は見たことがあるのではないだろうか?

また、「彼らはMacBookのキーボードをドヤ顔でカタカタしながら一体何をしているのだろう?」

「そもそもなぜそんなドヤ顔なんだ?」

そんな好奇心に満ちた疑問を一度は抱いたことがあるのではないだろうか。

 

多くのみなさんの疑問に答えるために彼らの真相を率直に以下に記す。

スタバでドヤ顔でMacBookを開き、ドリップコーヒーをすする人たちは一体何をしているのか?

 

彼らはただSNS、ブログ、ネットニュースを右往左往しているだけである。

彼らは決してスタバで仕事などしていない。

ただ、「仕事しているフリ」をしてネットという広大な大宇宙に溺れているだけである。

彼らはそれを「作業」と呼ぶ。決して仕事とは呼ばない。

ただ、その作業は、繰り返すがSNSやネットニュースを右往左往するだけで、通常社会では作業とすら呼べない。

 

「えっ!そんな無駄なこと家でもできるじゃん!そんなことにわざわざお金を使うなんて一体何の意味があるの?!」

 

彼らのことをそう心配する、母なる海のように優しい人間がこのブログを読んでいる中にも存在するだろう。

しかし、その心配は実にナンセンスだ。

 

彼らは、スタバでMacBookを開き、ドリップコーヒーをすすっている自分に酔っているのだ。だから常にドヤ顔なのである。

スタバで約500円を投資し、「スタバでMacBookを開くカッコイイ自分」を彼らは買っているのである。

それ以外の目的は一切無い。生産性という概念を彼らは持ち合わせていない。

彼らはそれに十分すぎるほどのバリュー(価値)を感じているからだ。

 

彼らは「スタバでMacBookを開く自分カッコイイ」という純然たる承認欲求を満たして満足しているのだ。

しかし、彼らはそれを間違ってもドトールベローチェでは行わない。

スタバ以外の選択肢は彼らの哲学から反する。

ベローチェドトールのコーヒーは確かに安い。空間もそれなりにオシャレな店舗が多い。

しかし、彼らは値段が安いとか、それなりにオシャレな空間には決して囚われない強いメンタルを持っているのだ。彼らにとってスタバは絶対的な存在である。

彼らはその強いメンタルをロクに読んでもいない自己啓発本から学んだ。

 

彼らにはある傾向がある。

自己啓発本を買った後にスタバに行きiPhoneで写真を取り、SNSにアップする。」というモノだ。

それは彼らにとって儀式ともいえる。

そして、その儀式を行った後に満足する。

自己啓発本は約1500円ほどするが、それをSNSにアップした時点ですでに十分すぎる投資効果があったと彼らは判断する。

よって、その後にその自己啓発本を読むか否かは彼らにとってはもう「どうでもいい」のだ。

 買った自己啓発本の多くはロクに読まれもせずに部屋の本棚に並ばされる。

そう、彼らにとって自己啓発本はインテリアなのである。

 

「本は、学ぶモノではない飾るモノだ。」

スタバでドヤ顔でMacBookを開き、ドリップコーヒーをすする人たちの約7割は、この美学があると思って間違いない。

 

「本は読むものじゃない。SNSでアップするものだ。そのあとはポイッ!」

彼らはそう考えている。

 

彼らに大事なのは中身じゃない見た目だ。

そんな彼らを小バカにする人もいるかもしれない。

しかし、ぼくはそれが美しいとすら思える。

そんなにスタバに、MacBookに、ドヤ顔できるほどの価値を感じられる彼らはとても素直で純粋な心の持ち主とすら思える。

彼らほどMacbookを生んだスティーブ・ジョブズに、スタバを生んだジェリー・ボールドウィン、ゴードン・バウカー、ゼブ・シーゲルに感謝している人間はいない。

 

彼らのような存在がいるということは、日本が平和な証である。

戦争のある国で、暴動が頻繁に起こる国で、テロがいつ起こるかも分からないような危機的状況の国でスタバでドヤ顔でMacBookを開いていられる人種は決して現れることはないのだ。

彼らにとってスタバでドヤ顔でMacBookを開く行為は最高にクリエイティブな時間なのだ。

人生を無駄に消費している感覚がもう堪らないのだ。

 

「人生は所詮、暇つぶしであり、承認欲求を如何に満たせるかが重要なんだ。大事なのは見た目だ。

何かに生き急いで、忙しく働いて何が楽しい?そんなのナンセンスだ。スタバでMacBookを開くだけで人生はこんなに楽しいのに。キミたちはそれにまだ気づけていない。幸せはすぐ側に転がっているんだ。」

 

そう、背中で語っているようだ。

彼らの生き方はぼくらの凝り固まった価値観にイノベーションを起こしている。

しかし、それに気づけてない連中が多すぎる。

だから、ぼくはこのブログで彼らのことを伝えることに踏み切った。

 

彼らのことをウザいと初めは感じるかもしれない。

だって、ただSNSとネットニュースをだらだらしてるだけで貴重なスタバの席を埋めている。最高にウザい。

「その席に俺は座って仕事したいんだ。今すぐどけ。ネットサーフィンなら家でしろ。」

そんな心持ちになる人の気持ちも理解出来る。

 

しかし、そんなドヤ顔の彼らも 「ぼくは一体何をしたいんだ?なんで毎日スタバに行ってしまうんだ?」そんな疑念に駆られながらも、スタバでドヤ顔でMacBookを開く自分を止められないのだ。

彼らは平和ボケした日本で一種の病気を抱えている人間たちでもある。

 

そんな病気だと思えば、もう許せるじゃないか。

彼らのような存在を認めることであなたの人間の器はひと回りもふた回りも成長する。

 

そんなことを偉そうに語っているぼくも昨日スタバでドヤ顔でMacBookを開き、ドリップコーヒーをすすりながら3時間もSNSしかしていない時間を過ごした。

ぼくも病気だ。

 

MacBookとスタバ、そして片手にドリップコーヒー。

この組み合わせ以上にいとも簡単に承認欲求を満たせる行為がこの世に存在するだろうか?

彼ら(ぼくは)はそんな思い込みをして今日もドヤ顔でスタバに向かう。

 

わっしょい!