読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

Today’s Real intention

Opinion and Lifehack

社交辞令のテンプレ年賀状はもう辞めよう!世界でたった一つの年賀状を送って相手に感謝を伝えよう。

オピニオン ライフハック

f:id:dandy611:20160106193904j:plain

新年も始まって年賀状を送られた方も多いとおもいます。

ぼくは年賀状文化があまり好きではありません。

 

なぜかというと、社交辞令感しかないからです。

ぼくは人との関わりもできるだけ少なくしてるし、会社員でもないので年賀状なんて来ません。一つも来ません。

ただ、周囲の人たちには年賀状もらってる人が多いのでよく見かけるんですけど、まぁー、綺麗にテンプレ化された年賀状ばかりだなーと感じてます。

今年の干支にちなんだハガキや家族との写真をプリントしたハガキばかり。

それに一言手書きで付け加えたって感じですかね。

それが見てて面白くないなーと感じるんです。これが正直な気持ち。

 

年賀状はオワコン化してる

年賀状って完全に20世紀の文化で、ぶっちゃけオワコンだとおもうんですよ。

友達や知人みんなに年賀状なんてもう送りませんよね。

お世話になってる特定の人たちだけですよね。

もしくは、ぼくのように誰からも年賀状来ない人も多いとおもうんですよ。

ネットが発展してしまったので、わざわざ年賀状にお金や時間を投資するのではなく、メール(主にLINE)で新年の挨拶を済ませて終わりって人も多いとおもいます。

 

その中であえて年賀状を送るから印象が強くなる。ただちゃんと相手に向けた年賀状を送ろう

そんな年賀状がオワコン化してる社会だからこそ、あえて年賀状を送る行為には価値があるともおもっています。

ただ、それも自分の写真や家族との写真、今年の干支にちなんだハガキを送るのではなく、相手の好みに合わせた年賀状を送ることが重要です。

 

A子さんにだけ年賀状を送りました。世界にたった一つの年賀状です

ぼくのブログを以前から読んでる人ならご存知の方も多いと思いますが、ぼくには東京にA子さんというアイドルがいます。(A子さんは芸能人ではなく、全くの一般人です)

ぼくは彼女に毎月彼女の好みのプレゼントを贈るという活動をしています。これはぼくの一方的な気持ちでやっています。

そんなA子さんにだけは年賀状を送りました。

 

それは無地の年賀状に自分の手作りでデコレーションした年賀状です。

ぼく自身の写真や今年の干支なんて一切入ってません。

A子さんはミッフィーがお好きなので、ミッフィーの可愛いシールを貼ってできるだけゴチャゴチャしすぎないシンプルなデザインを心がけました。

A子さんの好みに沿った世界にたった一つの年賀状です。

そして、そこにぼくの手紙のような文章をしたためました。これはA子さんに対する感謝の気持ちを伝えたモノです。

 

ぼくはそうやって相手好みの年賀状を送るからこそ、価値があるとおもっています。

実際、A子さんからも連絡が来て喜んでもらえた様子でした。

その時、ぼくは嬉しかったです。ちょっとでもA子さんに喜んでもらいたかったので時間とお金を投資してよかったなーと心からおもえています。

 

年賀状は1年に1度だけ。だからこそ、お金と時間を投資する価値がある

年賀状は1年に1度だけの行為です。そして、年初めなので相手に印象を残しやすいとおもっています。

また、多くの人たちがテンプレ化した年賀状ばかりのこの市場だからこそ、差別化を図ることができるとおもいます。

送り相手一人一人の好みに合わせた年賀状を作って「世界にたった一つだけの年賀状」を送ることで相手に強い印象を残せて、今後の関係性もより深まるとおもうんです。

年賀状はちょっとの関係性があればどなたにでも送ることができますし、もらって嬉しくない人はいないので少しの手間をかけることで印象がグンと変わります。

ラクして全員に同じような年賀状を送るのではなく、相手一人一人の好みのデザインに仕上げることでとても喜んでもらえるでしょう。

 

来年の年賀状は送り相手一人一人に合わせたデザインを送ってみるといいとおもいます。

ぼくはA子さんに送る年賀状を作っててとても楽しかったです。

年賀状って皆さん「作業」になりがちがだとおもうんですけど、オリジナルでしっかり相手に向けた年賀状を書いてる時はとてもクリエイティブで面白い時間になるんです。

 

騙されたとおもって来年の年賀状で1回やってみてくださいませ。

毎年テンプレ化した年賀状ばかり送っても面白くないんですよ。

年賀状は「手紙」のようにかくべきだとぼくはおもうし、それが相手との「思い出」になるとぼくは感じています。

 

わっしょい!