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今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

Today’s Real intention

Opinion and Lifehack

恥じることの多い人生ほど全力で生きている証なんです。

オピニオン

家無しの坂爪圭吾さんが素晴らしいことをいってます。

 

 

ぼくはこれに完全に同意です。

ぼくもふとした時に過去のブログを読むと、もう恥ずかしくなります。

誰にも見られていないのに顔を覆いたくなるような感覚です。

 

例えば、ぼくは今年のエイプリルフールに「結婚した」という大嘘ブログをかいたんです。

www.miyahaya.com

もう文章がリアルすぎて、みなさんからたくさんの祝福の言葉をもらいました。

そこで「エイプリルフールですよ!」とすぐに種明かしをすればいいものをぼくはしっかりオチも用意していたので、みなさんの言葉に「ありがとうございます!幸せになります!」と、さも本当であるかのように返信しまくったのです。

 

ぼくはこの時、「友達全員に嫌われてもいいから、一世一代の壮大な嘘をついて全員を騙しまくる」という覚悟でした。

そして、人はどこまでのウソが許せるのか?人がウソをつける限界点はどこなのか?どうしても知りたかったのです。

 

結果、種を明かした時にフェイスブックの友達をたくさん外されました。笑

ちなみに記事の9割は真実であり、1割が嘘という構成です。

 

自分でいうのもおかしいんですけど、この記事をかいてた時のぼくは頭がイッテたとおもいます。

しかし、たしかに今になっても記事だけ読むと本当に恥ずかしい気持ちなんですが、それと同時に「アノ時の自分はよくやった。エイプリフールにこんな記事をかける人間はそうそういないだろう」という自己肯定感もあるんです。

恥ずかしくはあるけれど、後悔はしていないんですよね。

 

実際、この大嘘記事は、ぼくのブログを読んでいる人と会った時によくネタにされるくらいみなさんの記憶にも残ってるようです。

ぼくにとっての代表記事の一つですね。

 

人はよく「後悔する人生を送りたくない」と言います。

後悔をしない人生というのは、やっぱりその瞬間を全力で生きて、それが過去になった時に自分を褒められるような生き方なんですよ。

ただ、それは決して綺麗な感情ではなく、気恥ずかしい気持ちと自分を誇れる気持ちが入り混ざっている異様な感覚なんです。

 

「自分に恥ずかしくない生き方をするということは、恥の多い生き方をすることとイコールだ」

 

これは至極の名言ですね。

恥の多い生き方といのはリスクを取る生き方です。

人生の選択で安全な道と危険な道があるとすれば、後者を取る生き方。

そんな選択をできる人は、人生を全力で生きてるんですよ。

 

みなさん自分の過去を恥れてますか?

 

わっしょい!