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今日はどんな本音を語ろう

オピニオン記事やライフハックを中心に様々な記事かいてます。

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Opinion and Lifehack

【コラム】『ぼくは楽しい』 Vol.2 中学時代の恩師

オピニオン コラム ぼくは楽しい

ぼくは中学の3年間陸上部の長距離に所属していた。

ぼくの中学の思い出は、ほとんどが陸上がらみだ。

勉強はそれなりにこなして、あとは陸上のことしか考えてこなかった。

 

ぼくの通っていた津幡南中学は、創立1年目にして石川県の長距離種目において男女共にトップクラスだった。

その為か、通常はテスト前になると全ての部活はテスト休みに入るのだが、強豪の女子バスケットボールと陸上部には、それがなかった。

 

そんな陸上部時代の恩師が吉田克也先生だ。

 

吉田先生は、大学時代もサッカー部で陸上経験は一切ない先生だった。

見た目は物静かで、目力が強く、練習中はサングラスを常にかけていて、何を考えているのか全然分からない。

しかし、陸上に対しての情熱は底なしに熱い先生だった。

 

石川県の長距離種目は当時レベルがとても低かった。

中学の陸上種目は少し特殊な規定がある。

何が特殊かというと全国大会にいくのに全国標準記録というルールがあるのだ。

通常のスポーツは県大会で優勝したり、地区大会で上位に入ると全国大会に出場できる。

 

しかし、中学の陸上の場合は、県大会に優勝しても、地区大会に優勝しても、全国標準記録を突破しなければ全国大会にはいけない。

逆に県大会で上位に入れなくとも全国標準記録さえ突破すれば全国大会にいける。

 

ぼくの入学当時、石川県の女子の長距離ではその全国標準記録を切れた選手が歴史上誰一人いなかった。

ということは、全国大会に出場した長距離選手が誰もいなかったのだ。

 

吉田先生はそんな石川県の歴史上で、しかも創立2年目の新設校で全国標準記録を切り、全国大会に出場できる選手を育てたのだ。

これがどれほどインパクトのあることか。

 

しかも、その選手は翌年に全国大会で優勝するという快挙を成し遂げた。

 

吉田先生は、これまで幾人もの全国のトップ選手を育て、全国でも名監督として知られるようになり、若くして校長先生にもなられた。

 

吉田先生がどうしてそこまでレベルの高い選手を育てることができたのか?

スポーツでトップレベルの監督は鬼コーチのイメージも強いのではないだろうか。

 

吉田先生はそんな鬼コーチでは全くない。

たしかに練習はキツかったが、それはトップを狙うなら当たり前だ。

いつも冷静で自分の感情を表に出す人ではなかった。

しかし、常にビジョンを語る先生だった。

 

ぼくが中学2年の初夏、吉田先生はぼくらに「今年は女子だけでなく、男子も秋の県駅伝で優勝して全国駅伝に出るんだ」と何度も口に出していた。

ぼくらの前年の成績は4位。

 

優勝校の筆頭に挙げられていたすぐ隣の津幡中学校には 、室塚さん(現DeNA陸上部)という全国屈指の選手がいて、他の選手の層も厚かった。

ぼくらには全国トップレベルや個人で全国大会に出れる選手さえいなかった。

普通に考えたら勝ち目などないのは明白だ。

 

しかし、吉田先生は「今年は男子も全国に行く!」とずっと言い続けた。

最初は半信半疑だったぼくも余りにも吉田先生が何度も言うので「もしかしたら、ぼくらも全国に行っていいかもしれない」とおもうようになった。

 

そして、次第にチームの想いが一つになっていくのを感じた。

 

「県駅伝で優勝して全国駅伝に出る」

 

結果、ぼくたち津幡南中学校は津幡中学校を奇跡的に破り、全国行きを決めることとなった。

ぼくはまさか勝てると本当におもってなかったのでとても驚いた。

 

もし、吉田先生があんな早い時期から「男子も全国駅伝に出る!」と言い続けていなければ、きっとこの優勝は無かったとおもう。

リーダーは、周囲もおもってない、しかし、可能性のあるビジョンを常に語ることが大切だとぼくは吉田先生の姿勢を見ておもう。

 

最初は、周りも動揺するかもしれない。ただ、周りが動揺しても自分だけは信じて言い続けないといけないのだ。

それは意地だったり、プライドというモノだとおもう。

 

吉田先生は、ぼくたちにも分かりやすいように合言葉をつくってくれた。

 

「暑き夏に鍛え、さわやかな秋に大きな夢の実現」

 

この言葉を合言葉にしてチームはドンドン一つになっていった。

ぼくは、今だにこの言葉をよく思い出す。そして、口ずさむ。

 

ぼくは夢という言葉が嫌いなのだけど、この言葉の夢は好きだ。

なぜなら、この言葉の夢はどうしても叶えたいという念のこもった夢だからだ。

ほとんどの人が口ずさむ夢は、「叶えられないとおもっている夢」を指している。

だから、ぼくは夢という言葉が好きでないのだ。

 

吉田先生は万人に好かれる先生ではなかった。

吉田先生は、好かれるというより、尊敬される先生だった。

尊敬には、好意と恐怖という感情が織り混ざっている。

そして、尊敬される先生の根底は優しさで満ちている。

好かれるだけの先生というのは、どこか薄っぺらい部分があり、決して根底は優しくはない。

 

吉田先生は、常に冷静で人を怒る先生ではなかった。

ぼくは吉田先生を感情的にさせてしまった数少ない教え子の一人だ。

しかし、そういった怒られたことも含めて、ぼくは吉田先生を今でも尊敬している。

吉田先生に出会えたことは、ぼくの人生にとても大きな影響を及ぼしている。

 

ぼくみたいな人間が自分を今でも肯定できるのは、中学時代に吉田先生に成功体験を味あわせてもらったからだ。

そして、一人の教え子として認めてくれていたからだとおもう。

 

成人になり、お酒を飲めるようになってからよく吉田先生を招いて、陸上部の長距離で集まって同窓会をしたモノだ。

過去話は好きでないぼくもアノ時の時間はとても楽しかった。

 

しかし近年は、開催していない。

最近、陸上部時代の同級生と会う機会があったのだが、吉田先生も久しぶりに集まって話したいと言っていたらしい。

今年は久しぶりに同窓会を開催しよう。

そして、恩師に会い、原点を思い出そう。

 

ぼくは楽しい。